●開かれた表現の可能性を求めて…
学生時代、私は工芸科鋳金専攻で伝統工芸の歴史的パ
ラダイムの中にいた。数十もの行程を経て伝統的な工芸
品を制作するわけだが、そのことが今日の生活のなか
で、どれほどの意味があるのか疑問だった。むしろ、工
房にある原素材の粘土や藁や炭、それらを水や火を駆使
して加工、変容させる古代からの知恵や工程途中の複雑
怪奇な型作りの仕組であるとか、金属が溶解してサラサ
ラの光る液体になっている様子の方により強くリアリテ
ィーを感じざるをえなかった。
一種のアニミズムとでもいうのか、素材や空間の存在
自体が強く迫ってくる、その状況のほうがずっと面白く
思えたのだ。
この鋳金科の環境で退官した一種神がかった物存在の
パワーに圧倒されて、鋳物ができなくなった時期があっ
た。そこで、単純に火による変容をテーマに、真っ赤に
熱した鉄によって木を焦がすパフォーマンスに没頭し
て、現代美術と関わるようになったのだが、焦げるとい
う現象に依存した表現では、現わしきれない様々な広が
りがあることも気になっていた。
この1970年代後半、朝日新聞に「遊びの博物誌」(坂
根巌夫著)というコラムが連載され、銀座松屋では「遊
びの博物館」を企画し、デパート催事の入場者記録をつ
くるということがあった。それは、世の中に“コマーシ
ャルなデザイン”か“ひとりよがりの芸術”かという2
極の認識が一般的だったところに、中間領域的なアート
表現を楽しむ土壌のあることを示していたように思われ
た。
錯視や錯覚、からくりやコンピューターを使ったイン
タラクティブな参加性のある造形装置や空間設営に、今
までのアートやデザインの枠組みで捕えきれなかった
「よりコミュニケートできる表現領域」の可能性を感じ
取らざるをえない時代になっていたようだ。
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