[サイコロ型万華鏡]
昔から、鏡ほど人々の想像力をかりたて、存在の神秘を味わわせてきた小道具は少ないだろう。中国や日本に伝わる古い鏡の伝説をもち出すまでもなく、こどもたち自身がまず、ものごころついてまもなく、鏡のふしぎを発見し、とりこになる。中には一種の"鏡像偏執"とでもいえる意識傾向ができ上がる場合もあって、ときには生涯、異次元世界への郷愁がつきまとう人もいるようである。
[内外文学の世界にも登場]
ルイス・キャロルの小説をはじめとする鏡の世界のメルヘンが、いまでも愛読され、鏡をつかった"からくり"や芸術作品があとをたたないのも、こどものころ鏡の中にかいまみたそのふしぎが忘れられないからだろう。
久しぶりに、江戸川乱歩の「鏡地獄」を読み返してみたら、強い"鏡狼偏執"に陥った一人の男の狂気を、これでもかと拡大してみせる見事な作品で、五十数年も前に発表されたというのに、このころ流行している凹面鏡のからくりや、魔鏡の原理までを科学的に紹介しているのに感心した。
主人公は、四方八方鏡張りの部屋に入り、中に閉じこもるが、自分の姿を三対の合わせ鏡に写して、無限に増殖するイメージを楽しむ姿は、想像するだけでも妖気がただよう。最後には、内壁を球面状の鏡で張りめぐらした球体の部屋まで出てくるが、さすがに乱歩先生も「その球壁に、どのような影が映るものか、物理学者とて、これを算することは不可能でありましょう」(「江戸川乱歩傑作選」新潮社)と、登場人物の一人にいわせているほどだ。(1/3 次ページにつづく) |